〜言葉にできない魅力って? ジャックダニエル 編〜




 新年あけましておめでとうございます。
 今昔だと初春……春の初めと書くべしなのだろうが、現代人の感覚では、冬の再確認のために正月があるような気がしてならない。
 冬将軍が、木枯し一号も連れてきたし、凍てついた夜空には、心細げな星が、一つ、二つ。浅い息も、白く見えるような気もする。
「難波のど真ん中に住んでいて、それはないでしょう?」
と言うツッコミを入れられるかも知れないが、体感温度で言うと、氷点下10度くらいではないかと思うT.F.は、超暑がりの寒がりなのだ。
 それでも庭に出て夜空を見上げる。
  ビルの谷間に囲まれた十数坪しかない庭でも、夜空の切れ端は見えるのだ。
 冬の星は引き締まって、その分鮮やかに輝く。

  「スター」だ。

  今回は鮮やかに輝いたスターの話をしよう。


 昨今、スターは作られて輝くものだと思ってる人が多いように思う。そうとばかりは言えなくて、あっ、消し忘れのTVでまた藤原紀香嬢が、風邪薬のコマーシャルをやっている……彼女は大学を卒業して、芸能界に、入るかどうか、良く相談に来ていたことがあった。舌足らずな話し方だが、おっとりとしていて、「お嬢様〜」な人だ。
 本当の希望を聞いたら、「幸福な結婚」だそうだが、抜群のプロポーションの上に、何とも言えない華があるので、「いけると思うよ〜!」とそそのかしたものだ。
  ゼロイズムのコンサートにも、花を持ってきてくれたり、時には突然、自宅に訪ねてきて、「お誕生日、おめでとうございます」とカサブランカの大きな花束を戴いたりした。
  ??だったのは、日が違っていたのと、女性に花を貰うのに慣れていないからだ。可愛いお嬢さんだった。
  足が長いので一緒に歩くと、彼女の足の付け根が私の胴辺りにあるのは、不愉快だったが……。沢村光君に無理を言って、彼女のプロモーション用のデモテープを作ったこともあったが、どんなときも妙なオーラが出ている。
  その後、それは、「フェロモン」と言われているのを聞いた。
  フェロモンねえ……それならば、もっと、強烈なフェロモンを発していた人を知っている。
 ジャックダニエルのレックスこと、浅田昌良君だ。




 初めて会ったのは、彼が十代の頃だと思う。
突然、バハマにやって来て、明日のコンサートが流れたので、ここでやらせて欲しいとのこと。
  明日って、何の告知もせずに演っても、客は来ないかもよ?と言いつつ、話をしていると、なんだこの圧迫感は……「ニコッ」と笑ってウインクなんぞをする。顔やスタイルのせいでもない。悪いがルックスの良い人はT.F.見慣れているのだ。自然にふるまってるらしいのに、なんとも華やいだ他に視線を移せない圧倒的な存在感。ゴージャス。たまげたねぇ……その場で、溶けてしまった。「どろどろ……」
 好きにして下さいとは言ったものの、次の日、客入りが不安だった。
 しかし、ビーコ族の「キング」レックスの人気は圧倒的で、ぎっしり満杯だ。
  恐るべし、ジャックダニエル。
  R&Rに多少グラムっぽいところも見え隠れして、流石にミナミの音楽シーンの帝王だ。
 カッコ良く、ルックスも良すぎる。
  何より、色気?華?「たまりませんわぁ」って感じ。空恐ろしいアンファンテリブル。
 案の定、女の子にはもてすぎた。
 しかし無理もない。娘を持つ親としても、諦めるしかないだろう。
  それぐらい光り輝いていた。女の子達にしても、「クイーン」と思われる美人群が取り巻いて、生半可では近寄れもしなかっただろう。

 当時、ミュージシャン=不良とレッテルを貼られていた時代だし、まして、和製ロックが、今みたいにデビューしたり、プロとして活動できる状況なんて夢も持てなかった時代だ。
 だからこそ、誰よりスターとして私の印象に深く刻まれている。
 彼等の青春、彼等の生き様、素のままで、魅力あふれる彼等のステージ。
  (動画館でちらりと見る事が出来ます)

 二十年遅らせて、今、あのジャックダニエルがいれば、シーンにどんな混乱を巻き起こしたろう。
 そんなことに思いを馳せながら、今どうしているのかなと思っていると、何と、二十数年ぶりに、2004年1月11日のバハマで鶴原雅人の企画するイベントに特別出演するらしい。
 長く会ってないが、レックスこと「まあちゃん」はどんな大人になってるのだろう。
 どんなステージを見せてくれるのだろう。
 個人的にすごく楽しみにしている。
 これを読んでる当時を知ってる方、是非、参加すべし。
(どんちゃん騒ぎになるだろうな)

本当にきらきらしてる人って居るんだよ。
レックスに息子は出来てないのかな? 楽しみな新春であります。




〜 幕 〜